平成20年3月
校 長    永吉 雅博
ピ ア ノ

 心地よいそよ風がほほをなで、桜の蕾も少しずつふくらんでまいりました。春は別れと旅立ちの季節です。
 三月十三日に卒業式がありました。本年度十名の生徒たちが陽春の光の中、里中学校を旅立っていきました。三十五名いた生徒が、一、二年生だけの二十五名になりました。心なしか学校にぽっかり穴が開いたような感じがします。がらんとした三年生の教室が、なおさら寂しさを増します。あの子たちがこの教室で学ぶことはもうありません。毎日船の時間になると里の港につく時の汽笛が校長室にも聞こえます。串木野にある高校に通う本校卒業生が、「学園にいると甑島行きの船の汽笛が風に流れて聞こえることがある。たまらなくなります。」と話していたのを思い出します。先輩もそのまた先輩もそれを繰り返し、積み重ねて自分の夢をつかんでいったんだろうと思います。がんばれ、みんな。
 さて、そんなことを考えながら、学校沿革史をながめていましたら、昭和二十八年に「ピアノ購入資金用として切干し甘藷(かんしょ)集荷八三俵」と記してあるのに気付きました。そして、昭和二十九年、「待望のピアノ開き」と書いてあります。沿革史にわざわざ『待望の』と書いてあるところにピアノの到着をいかに待っていたかが伺えます。もしかしてと思い、二階にあがってみました。そのグランドピアノは今、被服室にあります。今ではすっかり古くなり、音も微妙にずれてしまっていますが、そっとひいてみました。ずれてはいますが出ない音はありません。おもてに「寄贈 里中学校父母と先生の会」と書いてありました。その頃グランドピアノがどのくらいの値段したのかはわかりませんが、みんなで甘藷を作り、資金作りをしたのだろうと思います。その協力の心とパワーには驚かされます。もちろん子どもたちにいい音を聴かせたいという思いの深さも感じます。今では新しいピアノが音楽室に来て、すでに引退してしまったのですが、私よりも年上の五十三年間、中樋校舎の時代からずっと里中学校を見守ってきたその姿は堂々とした風格さえ感じさせてくれます。これからはたまに、ひいてみようかなと思っています。
子を思う親の気持ち、生徒を思う教師の気持ちはいつの時代も変わらないと思います。変わってはいけないと思います。みんなで協力して次の時代を担うものたちを育てていきたいものです。
来年度もよろしくお願いいたします。